セカンドライフの「失敗」から学ぶこと
高橋です。一気に肌寒くなってしまった今日この頃、いかがお過ごしでしょうか。私は土日に体調を崩してしまったり、ということが最近ありましたが……ぜひ皆様もご自愛下さい。
さて、先日日経の「IT-PLUS」にこんな記事が掲載されて話題となりました。
「セカンドライフ」はなぜつまらない 仮想世界のコミュニティーの本質
それを受けてか、JAGATでもこんな記事が。
「JAGATやFFGS関連会社がなぜセカンドライフなど?」と疑問に思われるかもしれません。ですが、もしかすると覚えていらっしゃるかもしれません。PAGE2008に「セカンドライフ会場」なるものがあったことを。
しかし、それから間もなく撤退企業が続出するという報道が相次ぎ、余り話題に上る機会も少なくなってしまいました。
セカンドライフはウエブ上の仮想空間であり、3Dで形作られた都市を歩いたり、実際買い物したり、あるいは様々な企業が進出して仮想店舗を開いたり……といったことが行われていました。が、現実としては閑散としているのが実情のようです。
IT-PLUSとJAGAT記事から引用してみます。
野島氏は、人がオンラインゲームに夢中になる理由を「娯楽性やコミュニティーといった個別の価値だけが理由なの ではなく、現実世界と比べて報われるスピードが速く、現実世界より見通しが立ちやすい世界であるために、強力に動機づけられることにある」と述べている。 つまり、現実世界よりも複雑さを減少させている仮想世界は、何をすれば次の目標にたどり着けるのかという結果が明快であり、だからこそ魅力になるという理 屈だ。
ところが、創作から経済活動まで何でもできるという戦略をとったセカンドライフは、その自由度のあまりの広さによって活動から報われるまでのプロセスが複雑になり、ユーザーは活動をして適切に報いられたと感じる仕組みを維持することが難しくなっているはずだという。
一方で昨年騒がれて2008年には話題が盛り下がったものに「セカンドライフ」がある。これも3DCGの仮想空間である。「ストリートビュー」も地図を 3D化した仮想空間の壁面に現実世界から切り取った写真を貼っただけで、ほぼ同じような仮想空間の探索を提供しているものである。「セカンドライフ」は自 分で仮想空間を構築しそこにコミュニティーを作り出そうというものであるが、ゲームの世界というよりはそこに現実の会社やお店・サービスなどを再現しよう とするところに中途半端さとか無理があるように思える。(中略)
つまり実際の建物の写真でもカタログにするときにはキレイにする場合があるが、いつのまにか撮影されてしまった景観の一部としての建物は、それを作った人 の意向を尊重したものとは限らない。だからこそ客観性のある情報とも言える。これは写真というものの二面性を表している。報道や記録としての写真は、目撃 者・証人に代わるようなもので証拠性のあるものと、女優さんの雰囲気を出したような「よりそれらしい」演出効果を加えたクリエイティブな写真である。これ はレタッチという嘘もOKな分野である。
これら記事について解釈の仕方を考えると、方向性が明確になる演出がされていなかった、つまり「何をしたいのか分からない」と思わせてしまったことが"失敗"の原因なのではないかな、とも考えられます。
で、(自戒を込めてなのですが)この企画・内容で何がしたいのか、が明確になればなるほど具体的な策が挙がってきますし、出来ること出来ないこと、適性なども定まってくるような気がします。印刷とコンテンツ産業が密接に関わっている以上、その辺を抽象化して「大丈夫」……というわけにはもう行かないのかもしれません。今後印刷産業の"コンテンツ力"が試される場は多々あります。「何がどう新しく、どのような効果が持続的に期待できるか」という面において、瞬発力だけでは生き残れない、というのをひしひしと感じています。
- カテゴリ
- 日々雑感
- 固定リンク
- ¦
- コメント (0)
- ¦
- トラックバック (0)
- トラックバック用URL:
- http://www.f-comi.net/fcomiBlog/30bb30ab30f330e930a430d5/tbping
